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2012年02月10日

海外旅日記10 Europe2003 <4>

10月9日
わ~寝過ごした!!
Pがドアをノックし、あと15分で出発だよという。あれ?目ざまし時計、セットしたはずだけどな・・・
大急ぎで着替えをすませ、スーツケースに荷物を入れ、食堂に降りていき、とにかく目に入るものを次々口に入れる。道中長いのだ、しっかり食べなくちゃ・・・
タクシーに乗り、7時過ぎ列車に乗り込み、スイスへ向かう。
ツァーも折り返し地点を過ぎ、今夜のスイスコンサートの後は、イタリアで3つ。
今までの感触で行くと、このまま無事ゴールまでいけるかと思ったのだが、甘かった。
伏兵は、私自身の中にあった。
私はここまで、どうやってこのバンドのコンセプトにかなう演奏ができるかに心を砕き、コンサートの度に、バンドでの響き方を確かめながら音を作り上げてきたのだが、ここにきて、メンバーひとりひとりの音楽観の違い、それによる私の演奏へ対する感じ方に差があることに、徐々に気がつき始めたのだ。どんな演奏をすれば、全員が納得してくれるの?
言葉がもっと自由にしゃべれたら、会話の中で、解決法を見つけられたのかもしれないが、当時の私はただひとりで気を使い、神経をすり減らし、少しずつ心が消耗していくのを感じた。
とりあえず列車は夕方4時すぎ、今日のコンサートをやる町、スイスのBienneに到着。
この町はドイツ語、フランス語のバイリンガルの町。確かにベルンとはまた一味違う雰囲気だ。言葉がその土地に与える影響を考えると興味深い。
会場は とてもお洒落で素敵なレストランの2階だった。
1階にあるピアノをみんなで2階に運び入れたりして、大変そうだったが・・・
ここもふだんはピアノを使ってないらしく、ピアノのための椅子はない。
レストランの椅子は高さが低いので、今までよくやったように厚い本を座布団代わりに椅子にのせ、その上に腰かけて弾こうと思ったのだが、見栄えが良くないと思ったのか、店のオーナーは、たたんだテーブルの上に椅子をのせ、ピアノの前にセットしたらどうかと提案してくれた。やってみたら、高さもちょうどよく、このやりかたでいくことにする。
(これが間違いだったのだが・・・)
今日は私のソロから入って、と言われたが、もう大丈夫、ウィーン(10月4日)のときの轍はふまない。
入りはうまくいき、演奏の内容もなかなか良かった、最後のクライマックスまでは・・・
演奏が佳境に入り、さあ、これからフィニッシュ、というところで、思い切り鍵盤をかき鳴らそうとした瞬間、一瞬何が起こったかわからなかったが、気がつくと鍵盤の上にのせた両手が頭の上にある。えっ?と下をみると床。
私、尻もちをついたの?!
恐る恐る周りを見回すと、ステージの真ん中に椅子が横倒しになっている。
演奏はまだ続いていたので、なんとか起き上がり、中腰で最後の部分にかろうじて参加するが、そのあいだ、観客はみんな何事もなかったようにシーンとしている。
「うぁ~かっこ悪い!!!!!」
こういうときは、むしろ「あはは・・・」と笑われたほうがダメージが大きくないのだが、終わった後も誰も近寄らず、声もかけてくれない。きっと気を使って、こちらがアクションを起こすまで放っておいてくれたのだろうが、なぜか急に孤独に襲われた。
30分ほどひとりでステージの横にじっと座っていたが、意を決して顔をあげ、人々のほうへ歩いていく。
「てへへ・・びっくりしちゃった。今度来るときはピアノの椅子用意しててね。」
と言ってみると、ようやく周りの人が「おしり、痛くなかった?」などと話しかけてきた。
何事も自分から意思表示をしなければ始まらないのがここヨーロッパなんだな。
タフでなければやっていけない・・・


10月10日
Pにまたしても起こされる。目ざまし時計、また鳴らなかった・・・
急いで支度をし、7時に駅集合。今日からイタリアだ。
天気は今までと打って変わって快晴。車窓から見えるアルプスがとても美しい。
しかし同じヨーロッパでも国によってこうも気候が違うのかと、今さらながら驚かされる。
おとといのオランダは冬、昨日のスイスは春、そしてイタリアは夏真っ盛りという感じ。
(温度差は20度以上だと聞いた。)
メンバーはみんなサングラスをかけ、夏モードだ。
駅に迎えに来てくれたオーガナイザーの車に乗って2時間余り、広々とした丘をいくつも越え,ようやくワイン産地でも有名だという村、モンテプルチアーノに着いた。
今日はここにあるスタジオで演奏、エンジニアが録音もしてくれるらしい。

しかし、まわりの華やいだムードとは対照的に、私は自分の疲労が臨界点を超えているのを感じていた。どういうわけか深い孤独感にとらわれ、油断すると涙が出てきそうになる。
コンサートは、2度目のミゼラブル・・・最悪だった。
たくさんの聴衆が入り、他のメンバーがいつものように演奏している中で、私はほとんど音を出すことができなかったのだ。その上、アンコールでは、今までこのバンドでは弾かないように戒めていたメロディーがいつの間にか自分の鍵盤からこぼれ始め、気がつくと他のメンバーは演奏を止め、客と一緒にシーンとして見ている。自分で始末をつけろということらしい。私は焦りながらも、氷のような沈黙の中でメロディーが行きつくところまで、10分くらい一人で弾き続けた。
コンサートが終わり、メンバーが人々と談笑している間、私は、自分の居場所が見つからず、スタジオから少し離れた丘に一人座り、空を眺めていた。「コンセプトから外れた演奏をしたんだもん、ああいう反応は仕方ない、甘んじて受けよう・・・しかしどうしてあんな風にメロディを弾きたくなっちゃったんだろう・・・」などと考えていると、人々の輪から外れて、メンバーのひとりがこちらに向かって歩いてくる。
私の単語力がないのを知っていた彼は、「陽子、辞書持ってこい」といい、スペルをひとつずつ言った。「H,E,S,I,T,A,T,E,」・・・hesitate=ためらう??
彼は私の目を見据えて「Don’t hesitate」そう言い残して、スタジオのほうへ戻って行った。

「ためらうな・・・」
そうか、私はいつの間にか他の人に気を使うあまり、自分を抑えてしまい、100パーセント表現することをためらっていたのかもしれない。
明日はカルテットでの演奏は最終日だ。
心置きなく自分の演奏をしよう。

投稿者 yokomiura : 2012年02月10日 22:15