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2022年02月07日

ライブキッチン2022年2月

旅日記をつけ初めて半年になりますが、10年前2012年は、外国ではなく病院のベッドの上で、新しい世界を体験し、自分の音楽に大きな影響を与えた出来事だったので、こちらのブログにも載せました。
その他、海外での体験は、Noteの以下のリンクにありますかで、お時間のある時、ご覧ください。
https://note.com/uminotorii/n/n1d79972d242a https://note.com/uminotorii/n/n1d79972d242a


>2012年春は、私は思いもかけない事態に放り込まれた。
毎年ヨーロッパから戻ると、日本でのライブ活動の準備、演奏をし、それに加えて、去年ロンドンのコンサートで対バンになったオーストリアのバイオリニストMが5月日本に来たいと言うので、いくつかのライブを企画したりで、忙しく動いていたのだが、3月13日の朝、リハをやるために、
代々木のライブハウスの階段を降りようとした時、全ての記憶がなくなった。
気がつくと、病院のベットで、家族や友達が、顔を覗き込んでいる。??
なんだか変な雰囲気。’’私、家に帰りたいんだけど•••’’と言うと、主人が悲しそうに首をふる。
???と思っているうち、意識が朧げになり、気がつくと、空を見上げながら、体がゆっくりと風に乗るように宙を飛んでいる。その光景は、意識が遠のくと消え、よみがえるとまた見え、不思議と心地よかった。あっ、ソテツの木!!福岡で子供の頃住んでいた家で見ていた情景だ。と思う間も無く、また眠くなる•••の繰り返し。
後で聞いた主人の話では、一週間、集中治療室にいたそうだが、その間の記憶は、空を飛んでいたということしか覚えていない。
一週間後、普通病棟に移ることになり、エレベーターで運ばれ、担架からベッドに下ろされた時、ドスンと体の重力を感じ、意識が戻った。

後で、私を発見した友人の話によると、階段の下で、鼻血を出し、気を失っていたらしい。
意識を取り戻し、起きあがろうとしたらしいが、友人の賢明な判断で、頭動かさないで!とそのままの状態で、救急車を呼び、運ばれたらしい。
会社でお昼休みから帰ってきた主人は、すぐ病院に来てくださいという連絡を受け、駆けつけたらしいが、最初は、折れた手首が痛い、痛いという程度で、軽い脳挫傷かなと思っていた医者が、急に様子が変化したので、CTを取ると、外傷性クモ膜下出血を起こしていることがわかり、今すぐ手術しないと助からない!と判断し、急遽手術をすることになったらしい。

集中治療室から一般病棟に移されてからも、私は自分の身に起こったことをよく認識しないまま、ベッドにかかっている札、脳外科•••というのを見て、あれっこの札、前の人のものかな?(本当は自分が、脳の手術受けたのに!)
それから数日間は、幻覚や悪夢を見たりしたが、少しずつ回復。しかし、ベッドに1ヶ月間寝ていると、歩き方忘れたのかと思うほどヨロヨロする。視神経もおかしくなっていて、同じものがいくつも重なって見えたり、簡単な漢字が書けなくなったりした。それでも、5月に企画していたMのコンサートは、骨折していた片手をかばいながらピアノを弾き、なんとかやれた。
その後、全機能が元通りに回復するまで、いろいろな症状が出てきて苦労したが、懸念された後遺症もなく、一年くらい経ち、ようやく全快。
まわりで見守り、助けてくれた人々のあたたかさが心に染み入った。

そういえば、病院で、あと数日で退院できるほど体力が回復してきた夜、主人が置いて行ってくれたCDを聴く余裕ができ、イヤホーンで一枚一枚聞き流していて、ふとあるCDを流した時、涙がふき出てきたのを思い出す。
主人は、いろいろなジャンルのCDを持ってきてくれていたが、こんなに心動かされたものは他になかった。それは、Jazzのピアノソロのシンプルなメロディーだったが、なぜか体が震えるほど感動し涙が止まらなかった。

投稿者 yokomiura : 17:20